仙台高等裁判所 昭和24年(ネ)127号 判決
被控訴人は控訴人に対し金参万六千五百円及びこれに対する本判決確定の日から完済まで年五分の割合による金員を支払うこと。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、別紙目録<省略>記載の牡牛岩佐号一頭を引渡し、且つ牛籍の移転登録手続をすること。若しこれができないときは、金三万六千五百円及びこれに対する本判決確定の日から完済まで年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、
被控訴人の詐欺を理由とする本件交換契約取消及び不法行為を原因とする本件の請求を変更し、本件交換契約の目的である田地は被控訴人によつて財産税に物納せられたため控訴人に所有権移転登記をすることができなくなつた。即ち被控訴人の責に帰すべき事由により履行不能となつたから、本訴において本件交換契約の解除の意思表示をなし、これを原因として原状回復の履行として別紙目録記載の岩佐号の引渡及び牛籍の移転登録手続を求め、若しこれができないときはこれにかわる損害賠償として、金三万六千五百円及びこれに対する本判決確定の日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。原判決事実摘示記載の岩佐号の時価四万五千円は、昭和二十一年九月本件交換契約成立当時の価格であるが、現在の価格は少くも金六万円である。控訴人の妻トクヨが金八千五百円の交付を受けたのは昭和二十二年六月である。本件交換の目的である田地は国から控訴人に売渡された。被控訴人の不法原因給付の主張は争う。岩佐号が訴外鈴木栄太郎を経て他に売渡されたことは知らない。
と述べ、被控訴代理人において、
被控訴人の請求変更については異議がない。本件岩佐号と田地との交換契約当時岩佐号の時価は金六千円であるから、右交換は農地の価格に関する統制法規に違反し、且つ右交換は被控訴人が控訴人の申出と説得により漸くこれを応諾して成立するに至つたので、不法の原因は専ら控訴人にあるから、控訴人は民法第七百八条により被控訴人に対し岩佐号の返還を請求し得ないのである。控訴人の妻トクヨに金八千五百円を交付したのは、昭和二十二年四月中である。被控訴人は岩佐号を昭和二十二年四月下旬か五月頃訴外鈴木栄太郎に代金九千円で売渡し、同人は更にこれを他に譲渡したから現在岩佐号は被控訴人の手許にはない。岩佐号の現在の価格は金三万円である。
と述べたほか、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人被控訴人間に控訴人所有の別紙目録記載の牡牛岩佐号一頭と控訴人の小作する被控訴人所有の福島県安達郡石井村大字鈴石字中平二十七番、田一反七畝三歩との交換契約が成立し、控訴人が昭和二十一年九月七日被控訴人に対し岩佐号を引渡し、牛籍を被控訴人名義に登録したことは、当事者間に争なく、成立に争のない甲第二号証と原審における被控訴本人尋問の結果とを綜合すると、右交換契約の成立したのは、昭和二十一年九月七日であること、右交換契約による田地の所有権移転については売渡の形式をとり県知事の許可を得ることを停止条件として交換契約を締結したものであることが認められる。而して被控訴人がその後交換の目的物件である田地を財産税に物納したことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第六号証の二と原審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は右交換につき県知事の許可を受ける手続をする前に、財産税の物納手続を他人に依頼していたところ多数の農地を物納したので不注意にも交換の目的である田地をも物納してしまい、昭和二十二年八月十五日これが所有権移転登記を経由した事実が認められるから、本件交換契約は被控訴人の責に帰すべき事由により履行不能になつたものといわねばならない。而して控訴人が右履行不能を理由として昭和二十四年九月三十日の口頭弁論期日において被控訴人に対し右交換契約の解除の意思表示をしたことは本件訴訟の経過に照し明かである。
被控訴人は本件交換契約は農地の価格に関する統制法規に違反し控訴人から被控訴人に対する岩佐号の引渡は不法原因給付であるから、控訴人に対し岩佐号の返還義務がないと主張するけれども当時施行の農地調整法第六条の二は農地の所有権譲渡の対価として金銭の支払を目的とした場合に適用せらるべきことは、同規定の文理上明かであつて、当事者がその目的物の有する客観的な価格によらずして目的物に対し有する主観的価値に着目し互に金銭以外の物の所有権を移転する交換には、それが特に農地の価格統制の脱法の目的でなされたものでないかぎり、同規定は適用がないものといわねばならない。原審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は自分の有する農地を耕作する必要上、真実岩佐号の所有権取得を目的として被控訴人所有の田地と交換したのであつて、農地の価格統制の脱法の目的で交換したものでないことが認められるから、岩佐号の価格が交換田地の統制価格を超えていたとしても本件交換は農地調整法第六条の二の規定に反するものではない。右認定を覆し、本件交換が農地の価格統制の脱法の目的でなされたことを認むべき証拠はない。被控訴人の右主張は採用できない。
次に被控訴人は、岩佐号を控訴人に返還するかわりに金八千五百円を支払い一切解決ずみであると抗弁するからこの点について判断する。控訴人の妻トクヨが訴外大内延恭から金八千五百円の交付を受けたことは、控訴人の認めるところであるが、原審及び当審証人熊田トクヨの証言、原審証人大内延恭の証言の一部(後記措信せぬ部分を除く)及び原審における控訴本人尋問の結果を綜合すると、右金八千五百円は被控訴人が本件交換の目的である田地を財産税に物納したため、控訴人において岩佐号の返還の斡旋を訴外大内延恭に依頼していたところ、トクヨが昭和二十二年六月六日頃偶々同訴外人方に立寄つた際、同訴外人から岩佐号のことは任せてもらいたいといつて受取ることを求められたので、トクヨは控訴人から何等指示を受けていなかつたため控訴人の意向を聞くことにして一時預る趣旨で受取つたものであること、控訴人は大内延恭に対し、岩佐号の返還の斡旋を依頼したのであつて岩佐号の返還に替え金員の支払の斡旋を頼んだのではなかつたので直に被控訴人に右金員を返還しようとしたところ、被控訴人は一切大内延恭に任せてあるからと受領を拒絶したことを認めることができる。右認定に反する原審及び当審における証人大内延恭の証言並に被控訴本人尋問の結果は措信できない。その他右認定を覆し被控訴人の抗弁事実を認めるに足る証拠はない。尤も乙第一号証には被控訴人の右抗弁に副うような記載があるけれども原審及び当審証人大内延恭の証言によつても右乙号証の作成には控訴人において関与した事実はなく控訴人名下の拇印をトクヨが押捺したものであるとしても同人には本件交換契約に関する紛争を一切解決する権限のなかつたことは前認定のとおりであるから被控訴人の抗弁事実を認める証拠とすることはできない。
然らば被控訴人は控訴人に対し岩佐号の返還義務があるところ、当審証人鈴木栄太郎、久納金作の各証言、当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和二十二年四月頃岩佐号を訴外鈴木栄太郎に売却し、同人は更にこれを訴外久納与之助に譲渡したが、昭和二十五年十一月頃再び久納からこれを譲受け同年十二月頃東京の肉屋に売却してしまつたことを認めることができるから、反証のない限りその頃岩佐号の返還は履行不能となつたものといわねばならない。従つて、被控訴人に対し岩佐号の引渡及び牛籍の移転登録を求める控訴人の本訴請求は失当である。
よつて、被控訴人は岩佐号の返還にかえ控訴人に対し損害賠償の義務があるから、その金額につき案ずるに当審における鑑定人箭内雄の鑑定の結果及び本件弁論の全趣旨に徴すれば、岩佐号の昭和二十五年十二月頃の価格は金四万五千円を下らないものと認めるのが相当であるから、控訴人は岩佐号の返還不能により同額の損害を蒙つたものといわねばならない。
然らば被控訴人に対し右損害金の内金三万六千五百円とこれに対する本判決確定の日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。
よつて本件控訴は理由があるから、原判決を変更すべきものとし民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪瀬一郎 石井義彦)